豪雨災害に思う。-米と風景づくりー

豪雨災害に思う。-米と風景づくりー

豪雨災害に思う。

被災地から少しばかりお送りしたお米のお礼が寄せられる。体調を崩して動けないこともあり、米農家として、田舎に住む者として出来ることをしたまでのことであり、こちらが恐縮する。いずれも、何か縁があったり、田舎に住む思いのある友人がいたり、田舎の暮らしがあったところだ。

いわゆる田舎、中山間地域の面積は国土の3分の2を占める。そこに住む農家人口は全人口のわずか約3%だと言う。山、川、海、農地を守り、都会の衣食住を支えてきた田舎の大切さを改めて思う。

一方ここ数十年、経済至上主義の中で、その田舎が、風水害、地震、火山活動などでさらに痛めつけられている。「田舎はだめだ。仕事があり、年とっても便利な都会へ、家族を守りたい。」そんな不安や思いの中で、人が「むら」から「まち」へ出て行く気持ちは分かるが、ますます地方の衰退に拍車がかかることを憂慮する。

一体どうしてこんなことになって来たのだろう。

自然災害や厳しい暮らしは昔からあったし、その中でも美しい風景もあった。どんなに経済価値がなくなっても、ギリギリまで米と風景を作って来た。

公共工事が入り、災害復旧の手は差し伸べられるだろう。しかし、考えて欲しい。田舎は都会へ逃げ遅れた哀れなところではない。本当の復興は、被災地のたちまちの暮らしを支えるとともに、災害で傷ついた田舎の「誇り」を癒すことであって欲しい。そうすればまた立ち上がることが出来る。

もう一度言おう。

「田舎は、断じて哀れなところではない。」地域おこし、地域づくりの大事な視点だ。

私たちも頑張らねば。